嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所にねぇ、

二親を持たんごたっ二人の男の兄弟がおんしゃったてぇ。

そうーして二人で暮らしおったけども、

もう何【なん】でもしわえんもんだから、

子供でもあるし、恐ーろしか貧乏に、

もうこれ以上貧乏なかごとなったて。

そいぎぃ、

「ぎゃんして暮らせじぃ、暮らされん。

供倒れすっけん、何処【どこ】にないとん行たて、

仕事ばみつきゅう」

ち言【ゅ】うて、二人テクテクテク行きおった。

あったぎねぇ、ある所まで来たぎぃ、

道の分かれ目になっとったてぇ。

そうーして、そけねぇ、紙包みの落ちとったてよ。

そいぎねぇ、二人【ふたい】でそれは拾うてねぇ、開けてみてね、

金ば一様にわけたて。

「こりゃあ、私達の

『このお金で何【なん】ないとんせろ』ていう、

神さんの与えじゃったかわからん」て。

そして、あの、

「こいば一様にわけたから、お前【まい】は右の方の道を行け」て。

「兄ちゃんは左の方の道を行く」ち言【ゅ】うて。

そしてねぇ、

「十年経ったら、ちょうどこの二股わけれた所【とけ】ぇ、

こけぇお堂もあっけん、ここで会うことにしようやーあ」

て、兄さんが言うてね、二人は右と左の道を別れて行きんしゃった。

そしてねぇ、ずうーっとテクテクテク、あの、

兄弟は別々の道を辿って行きんしゃった。

あったぎねぇ、兄さんなねぇ、

それからお金を拾【ひろ】うたとで、あの、ある小さな町に行たて。

町に辿り着いてねぇ、

そうーしてもう、お天道さんがキラキラキラて照って、

その町ん人も沢山人間もおったて。

あったぎねぇ、

兄さん、こりゃあ、あの、

何【なん】って仕事を見つくっとも、あの、大変だろーから、

何ないとん仕事ばしゅうて、こがん思【おめ】ぇんしゃったあ。

そいでねぇ、少ーしばっかいで買わるっとは何のあろうかにゃあ、

と考えてね、まず塩ば買う。

塩は誰【だーい】でんいるけんがあ、塩は、

そうして幾らにでも、少しでもわけてやらるっけん、塩ば買う。

ところがねぇ、その塩はもう、

幾らにでん大きな店ないば余計【よんにゅう】しか売られんけど、

ただのその人が歩いて歩【さり】いて、

「塩はいらんかねぇ」と言うと、もう、あの、

例えば、小皿一杯のお塩でも売ってくるんもんだからねぇ、

「五文がとください。さ

あ、三文がとください」て、塩のもう面白かごと売れたて。

ありゃあ、塩は良【よ】う売れたなあ、

と思うて、

今度、その塩の売れて幾らか儲かったもんだから、

今度、お米を食べじにゃあおられんもん。

お米を買【こ】うてみゅう、と思うて、

その兄さんのもう、お米を買うた。

あったぎねぇ、そのお米もねぇ、

もう一升【いっしゅう】買【が】いする者【もん】もおるし、

五合でも買う者のおるもんだから、

もう袋を担いで歩くと、重たいと思う段じゃないように、

その米も売れたて。

そいぎねぇ、

お米でしこうたま儲かったもんだからねぇ、

他所【よそ】の軒先を借りてね、

御米屋ちて看板を出して売るごとなった。

そうして、とうとう米屋さんはね、大きか新店までなった。

あったぎねぇ、この兄さんの方は、

今度【こんだ】あねぇ、綿ば買うてみゅうて、

誰【だい】でんもう、着物【きもん】も綿で紡いで作らんばらん。

夜寝る時も布団、布団は綿を入れて、

綿も生活にいるからということで、綿を買う。

そうーして大きに「綿まん」ていうごとなってねぇ、

もう恐ろしかトントン拍子でねぇ、大きなお店になった。

そして、その兄さんも名【めい】も幾らでん持つごとなった。

外国まで綿を買【き】ゃあぎゃあ行たて、

売りさばくように大成功やった。

そうこうしよるうちに、十年になったてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、ああ、弟と約束したなあ、ということで、

おつきの者【もん】を連れて馬車に乗って、

あのふるさとで別れた二股の道ん所【とけ】ぇ行きんさった。

そうして、兄さんな先行【い】たて、お堂にね、

弟が来【こ】んてじゃん。

あったぎぃ、日暮れ近くになってねぇ、

元、着たままの半きれズボン履いたねぇ、痩せこけた

自分よりも、もう年取ったもう、年取ったよう、

よぼうよぼうしたお爺さんのごたっとが来たけんね、

「君は、あの、僕の弟やないか」て言うた。

そうして、膝まづいて弟にね、

「どうーして、またこんなに落ちぶれたあ」て、言うたらね、

懐から大事にさすってね、

「兄さん、ほら。お金は大事に懐深く仕舞っておりました」

て言うて。

「ああ、あんとき拾ったお金だなあ。そうーかあ」

て言うて、そうして弟が言うのに、

「どうして、また兄さん、

こんなにもう、私が寄りつけんように成功なさいましたかあ」

ち、弟が聞いたちゅうもん。

そいぎね、

「私【わし】はなあ、あのお金を元手にして、

そしてもう、そりゃ、いろいろ苦労があったと思わんくらいに、

商売が繁昌した。

人間に必要な物ばあっかい売ったからなあ。

そいぎぃ、お前【まい】は何をしているのと思わなかったかあ」て。

「はい。私はあの時、兄さんの言いつけを守って、

『大事にそのお金をせろよ』て、聞いたから、

この金は大事に懐深くなわしとりました」

て、言んしゃったて。

そいぎ兄さんのね、

「弟よ、よく聞け。私【わし】はなあ、

いちばん初めは人間に塩がなくてはいけないということで、

塩を売り歩いた。

そして、その次には、

お飯【まんま】を食べなくてはいけないと思うたから、

今度、米を買【こ】うて少しずつだったけど努力して売って歩いた。

そいぎぃ、お米も残るちゅうこともなし売れた。

そして今度は、今じゃねぇ、あの、綿商人になって

「綿まん」と言うて、

聞いて来たら家に来いというように、大商人になることができた。

お前【まい】の金は、黙ってお金をしとくのは、死に金だ。

金は使うほど生きて、金がもの言う。

お前の持って大事にしとったのは、宝の持ち腐れていうて、

死に金だったよ」

て言うて、懇々と兄から諭【さと】されてね、

弟も目が覚めて、

「お前も、家の丁稚にしてやるから、

これからあの、だんだん商売のことを覚える」ち言うて、

兄さんが自分の家【うち】に連れて来んさったあ。

そぎゃんふうに、お金も使いようによってはね、

あの、生き金、死に金て、

いうようにお金がお金を生むことになるて。

こういうことでした。

[一七四 三人兄弟・宝物型【AT六五三、六五四】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P128)

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