嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所に兄さんと弟がおったてぇ。

兄さんなほんに優しかったいどん、弟は欲の深か深か、

その上、恐ろしか乱暴かったてぇ。

もう飢饉が続いて、もう日はカンカン照【て】いで、

何【なん】でん作い物な良【ゆ】うできじぃ、

皆が困って暮らしおったて。

兄さんはひもじしゃしおっ人を見っぎぃ、

「ほんに、少しずつじゃいどん」ち言【ゅ】うて、

人さんにも我が食べ物【もん】ばわけてやいよんさったちゅう。

そいどん、弟は乱暴すっこといっちょじゃったけん、

そぎゃんわけてやったいはしおんしゃらんやったて。

そのうち、

とうとう兄さんも我が食ぶっともなくなったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

一【ひ】人【とい】のお爺さんがさ、

兄さんの家【うち】に来たてぇ。

そいぎぃ、

「お爺さん、お爺さん。

折角、お出でんさったいどん、

私も食べる物もとうとう無【の】うなってしもうた。

こいからどぎゃんして、食べて生きていこうかと

思うところじゃったけん、勘弁してください。

すまないなあ」

て言うて、兄さんの言んさったて。

そいぎお爺さんな、

「お前【まい】の村の衆に与えたことを、

助けてくれた良かことば今まで良【ゆ】う知っとったけん、

その褒美に、余計【ゆんにゅう】褒美ば持って来たばーい」

て、言んしゃったて。

そうして、

「これは、その村ん者【もん】ば助けてくいよった。

こりゃ褒美の宝の石臼じゃあ。

そいで、こいばクルクルクルって、回すぎにゃあ、

良か物【もん】の出てくっ」て。

「そいぎぃ、こいばあなたに褒美にやろうで思うて、

今日は来たあ」ち言【ゅ】うて、

兄さんにくいて、お爺さんなそのまま帰って行たてしまいんさった。

そいぎぃ、お兄さんなその石臼に、

「米出ろ、米出ろ。金出ろ、金出ろ」ち言【ゅ】うて回すぎぃ、

米も出たい、お金も出たいすって。

そいぎぃ、ますます兄さんないい心じゃったもんじゃっけん、

そのお金でん、お米でん、皆さんに施しおったて。

そいぎぃ、ある日、欲の深か弟が来てさ、

「宝物を爺さんから兄さんは貰ったてじゃろう。

どら、そいぎぃ、そいを私にも貸してくれんかあ」

言うて、やって来たて。

そうして、石臼ばこともあろうに、

兄さんから借って重【おふ】たかもんじゃい、

舟に乗せて、そうして、その海へ漕ぎ出したて。

そうして、海の真ん中ん辺【たい】さい行たて、

もう弟の方はねぇ、そん時分に塩んなかったもんじゃい、

「塩出ろ、塩出ろ」ち言【ゅ】うて、石臼ば回し始めたちゅう。

そいぎねぇ、塩は瞬く間に舟いっぴゃあなったてぇ。

ところが、もう止めて良かいどん、

弟は石臼の塩出【ず】っとば止むん道を知らんやったて。

とうとう舟ごと、石臼ごと、弟ごと海の底に沈んでしもうたてぇ。

そいから先ゃ、今も石臼は海の底で回いおっとみえて、

海の水は今でん塩ん辛かてばい。

そいばあっきゃ。

[一六七 塩吹臼【AT五六五】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P126)

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