嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

お釈迦様がご臨終の時にさ、

鳥【とい】や獣たちの皆駆けつけて、

ほんに徳の高いお釈迦様の、もうこれでお隠れになるちゅうことで、

ほんに嘆き悲しんだちゅうもんねぇ。

そん時、お釈迦さんが遺言に、

「鳥や獣にそれぞれ食べ物【もん】ば、もう決めとかんばねぇ。

お前【まり】ゃ何【なん】ば食ぶっ。お前ゃ何ば食ぶっ」て、

決めとかんばて。

そんな偉い方だったもん。お決めになったそうです。

雀はそん時、歯黒をつけておったもんだから、

半分つけたままお釈迦様の所へ飛んで行たちゅうもんねぇ。

もう、お釈迦様が、とても助かんさんみゃあ、て聞いた時、

お歯黒つけよったて。

そして、半つけして飛んで行ったちゅうよ。

そいぎぃ、お釈迦様はチャーンと、雀の行ないば知ってさ、

喜んで、

「私のために化粧途中で来てくれたか。感心じゃ、有難い。

お前【まい】はねぇ、

そいけん何【なん】でんそこん辺【たい】ある穀物は

食べて良かぞう」と、おっしゃったそうです。

ところが燕は、紅もつけお歯黒もつけ、

もう、お釈迦様ご危篤だというのに、

相変らず立派にしおったもんじゃっけん、

そのご臨終にはとうとう間【ま】に合わんじゃったて。

その罰を受けて燕にお前は、

「五穀を、その穀物ば、荒していた虫どん、

あと掃除に取って食【く】うたがましじゃろう」

て、いうようなことをおっしゃって、お隠れになったそうです。

そいで、燕は虫どんばっかい取って食べて生きとると。

そいばあっきゃ。

[四七A 雀孝行] (出典 蒲原タツエ媼の語る843話P16)

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