嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーしむかしねぇ。
古井戸ん中に一匹の蛙が棲んどったちゅうもん。
ところが、いっちょん雨も降らじぃ、
涸【か】ら涸ら天気で酷うか日照りの年があったちゅうもん。
そうして、
とうとうその井戸も涸ら涸らに水の無【の】うなったちゅう。
そいぎぃ、困ったとは蛙さんじゃったとばい。
毎日毎日、
「誰【だい】かここん辺【たい】来てくれんかなあ。
この井戸の棲む所ば移いたかけど、私ゃ行きえんなあ」て言うて、
見おったぎぃ、
ある日さ、鳥さんが井戸ん縁止まんしゃったちゅうもん。
その鳥さんは、烏さんやったてぇ。
そいぎねぇ、
「もし、もし。烏さん、烏さん。
私【あたし】のお願いをどうぞ聞いてください。
ここの井戸ん水も涸【か】れてしもうて、
もう私【わし】ゃ、堪えきれんよう。
この井戸も涸ら涸らさ。
どうか、烏さん、お願いだから、
他所【よそ】に水溜りがありゃあせんかねぇ」て、聞いたら、
「カアーカアー。あるとも、あるとも。
この山の麓には、あの、『沢』て言うて、水溜っ所があるよ。
カアーカアー」て、言いましたて。
そいぎぃ、
「ああ、嬉しかあ。
お願い、
私ゃここん中【なき】ゃあカポーッと入【はい】っとっから、
何処【どこ】も行きえんけど、
あなたさんが咥【くわ】えて、
そうして、そこまで運んでくださいませんかあ」ち言【ゅ】うて、
蛙さんが頼んだて。
そいぎぃ、
「あの、承知した」ち言【ゅ】うて、
烏さんが井戸さんスウーッと行たて、咥える前に、
「蛙さんよ、
私には咥えて飛んでる間は決して話しちゃいけないよう。
この約束を守いえるかなあ」て、言うたら、
「ははーい。守りますとも、守りますとも」
て、言うたもんじゃっけん、
この井戸ん中から烏は、蛙を嘴【くちばし】で咥えて飛び立ったて。
そうして、空ばズウッと飛んで行きよったぎぃ、
水の溜った所【とけ】ぇの池のちぃ見えてきたてじゃっもん。
蛙は嬉しゃして、水恋しくてたまらんもんじゃっけん、
「ああ、あいが例の池ちゅうもんかねぇ」
と、ちぃ【接頭語的な用法】言うたて。
そいぎねぇ、烏も嘴でくわえとったところば、つい忘れて、
「ああ、そうだよう。ガアーガアー」て、ちぃ言うたて。
その拍子に蛙は真っ逆さまそこに落ちて、ちぃ死んだ。
そいばあっきゃ。
[四五 烏と螻蛄(AT六)(類話)] (出展 蒲原タツエ媼の語る843話P14)