嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

田圃ん中【なき】ゃあ

田螺【たにし】が沢山【よんにゅう】棲んどったてぇ。

田螺は田圃の泥ん中ゃあばあっかいおんもんじゃっけん、

温【ぬっ】か日和【ひよい】の春になっぎぃ、

田の面【つら】さりゃ這【はり】ゃあ出て、

青か空で澄みきった空気で思う存分吸うとが、

いちばんの楽しみじゃったてぇ。

そうして、そぎゃん楽しみよったとば、

烏がそいば目【め】ぇかかっぎぃ、

じき来てさ、田螺ば取っていち食【き】いよったて。

そりゃあ、烏どまもう、田螺が大好物じゃったてねぇ。

そいぎぃ、田圃の田螺どんが全部【しっきゃ】あ寄って

話し合【お】うたて。

「私【あたい】どま、ぎゃん温【ぬっ】か日に日光浴もできん。

何【ない】いっちょでんでけん。

折角、全部あどめ田の面【つら】さん這りゃあ出て、

そうして、ぎゃんして楽しみよったとこれぇ、

烏ん来てじきいち食【く】う」て。

「ぎゃん怖【えす】かことはなかけん、

今から当番決めて、その烏ば見張いすっごとしゅう」て。

「そいぎぃ、安心して楽しまるっもん」て言うて、

あの、皆が話し合【お】うて、

「今度、烏ば目【め】ぇかかっぎぃ、

泥ん中さい潜【もぐ】っごとしゅう」て相談して、決めたて。

そいぎぃ、また春になってポカポカ日和やったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、田螺どんがもう、

「良か天気。気持ちん良かあ」て、ブツブツブツ言いながら、

沢山【よんにゅう】日光浴ば田圃の表【おもて】に出てしとったて。

そいぎねぇ、何時【いつ】んはじゃじゃい、一羽の烏の来てさ、

田螺ばちい咥【くわ】えたて。

ヒョッと来て、咥えて飛んで行くちゅう。

そいぎぃ、その咥えられた田螺が

いち食われるっと思うぎぃ、悲しゅうしてたまらん。

もう私ゃ、食べらるっ。こいでおしみゃあ、

と思うて、涙はポロポロ出しながら咥えられて行きよったて。

そいどん、咥えられながら考えてねぇ、烏に話しかけたて。

「もしもし。烏さん、烏さん。

あんたの声はほんにきれいかてやろう。

私【あたし】ゃ、あんたからいち食わるっ前に、

その念仏と思うて、

お前【まい】さんのきれいか声ば一遍聞かせてくんさい。

一遍聞かせてどまくんさんみゃあかあ」て、頼んでみたてぇ。

あったぎねぇ、烏も褒【ほ】めらるっもんじゃい、良か気色なって、

「そがんやあ。

そんないば持ち前の私【あたい】の声ば聞かしゅうだい」

ち言【ゅ】うて、

「カアーカアー」て、二声【ふたこえ】鳴いたちゅう。

あったぎさ、

見事に咥えられとった田螺は

空から田圃の真ん中にポトーンて落ちて、命拾いをしたてよ。

そいばあっきゃ。

[四四 田螺と烏の歌問答(AT五七、六一、cf.AT六】)
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話P13)

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