嬉野町下野 古川悦二郎さん(明27生)

 むかし、むかし。

信田の森に狐が棲んどったと。

狐は猫を捕って食べるやら、犬を捕って食べるやら、

鶏を捕って食べるやら、わやくばかりしていた。

そのことを知った殿様は、高明という侍に、

「お前、狐を退治せろ」と、おっしゃった。

高明は信田の森へ狐退治に行った。

すると、狐が出てきて高明に、

「私は腹の太うしとっけん【大きくしているから】、助けてくいろ」

と、言って頼んだ。

高明は狐に、

「そうか。『腹の太うしとっけん、殺してくるんな』と言うか。

それは仕方―なかたあ」と、言って帰った。

そのことが殿様の耳に入った。

殿様は高明に、

「お前は、なし狐を退治せんやったかあ。

お前が退治せんで帰ったから、今から先、俺(おい)が家来にはせん。

今日限りで、お前を首」と、言われた。

侍をやめさせられた高明は、剣術の道場を開いた。

しかし、高明は病気にかかり医者にかかったが、なかなか治らなかった。

そんなある日のこと、狐が立派な娘になって、高明のところにお見舞いにやって来た。

そして、娘は木の実やカヤの実を調合して、高明に飲ませた。

高明の病気は、だんだん治っていった。

十四、五日経ってから娘は、

「俺を嬶(かか)あに、もろうてくれんか」と言った。

すると高明は、

「そうか。あんたが俺の嬶にないば、俺が嬶になってよか。

病気で嬶をもちえんでおっけん、あんたが嬶になってくれんか」と言った。

二人はめでたく夫婦になった。

そして二人の間に、男の子が生れた。

名前を「葛の葉」と付けた。

葛の葉は成長して、剣術の達人になった。

葛の葉が四つになる時、嬶さんが暇乞(いとまご)いされた。

嬶さんが立ち去る時に、

恋しゅうござれば

尋ねてござれ俺は信田の森にいる

と、いう和歌を障子に書き残した。

時々、狐はその子に会いに来て、

「何でん食べよっかあ【食べているか】。

ちった【少し】元気にないよっかあ」と心配して、良い薬を飲ませていた。

息子は豪傑な立派な侍になっていった。

ある日、殿様が高明に、

「あんたあ、良か息子ば持ったにゃあ。俺が家来にせんばにゃあ」と、言われた。

そして、殿様は高明に、

「お前のごと、剣術の達人はおらん」と言って、

褒められ侍にしてくださった。

それから先は、親子は立派な暮らしができ、幸せになったげな。

[大成 一一六B 狐女房]

(嬉野の民話 P74)

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