東川登町袴野 南 権平さん(明31生)

 このへんに例えなたあ、昔その、すい鉢売いなた、

昔、すい鉢売いちゅうて、おったわけたいなたあ。

そのすい鉢売いが、あつこの笠尾野峠ちゅうてあんもんなた。

笠尾野峠ばすい鉢を担(いの)う行きおったと。

ばってんがその、夕立ち雨がもうきたもんじゃけん、

土手下ん所(とこれ)ぇすい鉢は置(え)ぇて、

雨の漏らんとこれぇと思うて、そのゆくうとったと。

ばってんが、今度(こんだ)あもう、眠(ねふ)たかこと。

どがんじゃいその、あがんとがようしとっぎあんももんじゃいけんなたあ、

てみたところがその、夢を、弓矢を持った浪人侍がその、そけぇ来たて。

「お前(まい)、すい鉢売いよっこう」て、そのすい鉢売いに来らす。そいぎぃ、

「俺(おり)ゃあその、毛利家の浪人の弓の先生ぞ」て、言うたん。

そうぎ今度(こんだ)あ、

「そうですか」て。

「すい鉢売いと代わろうか」と、こう言うたて。

そいぎぃ、すい鉢売いが、

「いいえ。私ゃ、あの、その弓ばいっぺんでん射ったことはなし、

その、代わっちゃどがんしゅんなかけん」ち。

「いんにゃあもう、すい鉢売いとぜひ、代わろう」と。

そいぎぃ、今度(こんだ)あ、そのすい鉢売いが、代わっちいう話なたあ。

そいぎぃ、今度あもう、代わったもんじゃっけん、

こりゃあ、矢ば持っ取っちゃあ、どうします。

そいぎぃ、あつこの城山の、旦那さんのところに城山てあんもんなたあ。

城山に太か猪(いのしし)のおっちいうことじゃっけん、この矢でないば俺が、

射ち止めることのできゃあすんみゃあかにゃあ、と思うて、

そのすい鉢売いが、

その、毛利家の浪人と代わって、弓矢を取ったわけたいなたあ。

そうして、今度(こんだ)あ、鍋島の屋敷にその、行たて。

「もう。頼もう。頼もう」と。

そいぎぃ、門番が来たて。そいぎぃ、

「誰(だい)か」と。そいぎぃ、

「毛利家の浪人である」と。「弓の先生」て。

「あの、猪ばその、わが、この矢で一発で猪ば捕ることがでくっ」

と、こう言うたて。

そいぎぃ、今度(こんだ)奥の方に告げたちゅう話なたあ。

そいぎぃ、

「弓の先生ないば、明日(あした)、猪狩り連れて行くけん、

どのくりゃあに矢を射(う)ちゆいろうと言うごた風で、通せ」て。

そいぎぃ、そけぇ、鍋島の屋敷に通せられたて。

そうして、その晩な、奥の座敷にその、泊めたちゅうもんなたあ。

そいぎぃ、奥の座敷に泊まらしたけども、わがあ、俺(おり)ゃあ、矢ば

いっぺんでん持ったことはなして、

明日(あした)猪狩り俺ば連れて行ってくれる。

俺(おり)ゃあもう、猪狩り行くぎ大変と思うて、

もう、その晩ば寝ぇはえじぃ、弓の稽古を、矢の稽古を奥の座敷、

わがばっかい、もうズーッと、そいぎもう、隅のところの柱の所(とこれ)ぇ、

その矢がプスーッーっと、当た射よったいすんもんじゃいけん、

こう言う風でないば、俺(おり)ゃあもう、

明日(あした)猪狩りゃあもう、手のうちたあ、

と思うとらしたいば、今度(こんだ)あ、

はずれ矢がパーッとしたちゅうもううなたあ。

はずれ矢がパーッとしたちゅうところ、今度(こんだ)あ、人間の声が

「ヒー」て、声がしたちゅうもんなたあ。

そいぎぃ、こりゃ、確か、人間ば射い殺(これ)ぇたけん、

こりゃもう、大変ちゅうごた風で、そいばふって、奥の座敷に寝とらしたいば、

襖(ふすま)がサラーッと開いて来たちゅうもんなたあ。

そいぎぃ、こりゃあもう、いよいよもう、人ば殺(これ)ぇて、もう、明日猪狩りないどんも、

今(こん)夜(にゃ)中にわがもう、打ち首あうと思うて、布団をふっかぶっしといてば、

「あの、毛利家のご浪人、弓の先生、ただいま、うらもんを千両箱を持って、

泥棒が塀(へい)越えよっとの、あの、右の目ば射止めてくださったけん、

今、泥棒が塀(へい)から落ちました」て。

そいぎぃ、

「近頃は、しばらくは弓を引かずにあに、右に目と思うて射ったれば、

左の目に当たったとですか」と言った。

そいぎぃ、立派(じっぱ)にその泥棒 を射ち止めらしたわけ。

そいぎぃ、こりゃもう、こんな弓の先生ないばちゅう風で、

ああ、こいでは今度(こんだ)あ、城山のいちばん絶頂のところに連れて行たて。

そうしてもう人間がうっすい見ゆんもんなたあ。

あの、あがんと、蛇の猪を追い出したて。

そいぎぃ、いちばん上ん所(とこれ)ぇ、わがひとり、弓を射って、

六尺あがいの蛇がもう、そこさいやって来んもんじゃいけん。

そいぎぃ、こりゃもう、たいへんと思うて、早(はよ)うその、木の上、

そけぇ登っとっちゅうもんなたあ。

そいぎぃ、今度あ、猪が木の下んとこれぇ、ゴロッと寝たちゅう話ばんたあ。

そいぎぃ、これは、猪の木の下(しち)ゃあ寝て、もう、どがんすっかと思うて、

恐ろしゅうしんぱいしよって。

おすうにゃ、こりゃ行き倒れたいばと思うて、今度(こんだ)あもう、元首ところへ、

こうブッスイ弓ば打ち込んで、そいから尻ペチャッあと、ブッスイ打ち込うで、そして、

「猪はただいま射ち止めました」て、言うたち話やんなたあ。

そいぎ今度(こんだ)あ、あの、猪狩りはブッスイ打って、そしてあの、

「ごがな弓の上手のおっかあ」ちゅうごたっ風で、そして、今度あもう、

旦那さんまでほれ込うで、

「家(うち)に養子すっ」て、いうごたっ風で、

養子縁談になったちゅうもんなたあ。そいぎぃ、

「俺(おり)ゃなあ、旦那さんのとこまで、俺(おり)ゃあ、

すい鉢売いの身柄で、旦那の所(とこれ)ぇ、来うごとなかとがにゃあ」

て、思いおらしたら、その、すい鉢売いが、夢ばなしという話たいなたあ。

そいけん、夢ということはちょうど今、言うたごたっ格好な、誰でもその、

こう言う風な夢ばみっわけたいなたあ。

(出典 未発刊)

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