武雄市西川登神六 井出安次さん(明37生)

 むかし、八兵衛さんが婆さんと二人で、

住んどったちゅうもんなたぁ。

ところが、八兵衛さんな、

嘘ばっかり言うて、

あっちこっちから銭を借りとったので、

もう、どがんもこがんもならんごとなった

ちゅうもんなたぁ。

そうしていたら、ある師走の暮れのこと、

やっぱり借金取りの来たちゅうもんなたぁ。

それを、八兵衛さんが先に見つけて、

すぐに二階に上りなったて。

昔は二階ていうのはなかったから、

囲炉裏の上に屋根裏があって、

上られるように階段を作ってあったそうです。

そこに上って、婆さんは下において、

「『俺(おい)はおらん』て言うてくいろ」

て言って、自分は、屋根裏に上がっとったそうです。

そうしたら、ちょうどいい具合に、借金取りが、

「八兵衛さん、おんさろうか(居られますか)」

て、来たそうです。

そうしたら、婆さんな、

「八兵衛は、二、三日前に死にました」

て言ったそうです。

「はぁ、この間までは達者にしとんさいたいどん

(達者にしとらしたけれども)、

死にんさいたですか(亡くなられましたか)。

そいばってん(それでも)、折角来たので、

香典なっとん包まんば【包まないと】」て言って、

香典を幾らか鼻紙に包んで、

「こりゃぁ、ほんなおしるしばってん

【本当に些少だけども】、香典にしてくいろ

【して下さい】」

ちゅうて差し出しんさったそうです。

そうしたら、婆さんな、

「いんにゃぁ【いいや】、

それには及びまっせんけん、

引っ込めておくんさい」ちゅうもんじゃい、

八兵衛さんが、屋根裏から、

「いいや、婆さん、取っておきんさい、

取っておきんさい」

ちゅうて、婆さんに言うたけど、

聞こえていないそうです。

そうして、借金取りが、また、

「こや【これは】、ほんなおしるしだけやっけん、

香典のおしるしやっけん」ちゅうて、また、

やろうとしたそうです。

そうしたら、婆さんが、また、

「いんにゃぁ、それには及びまっせん。」

ちゅうて返す。

八兵衛は、

「取っとけ、取っとけ」て二階から言うて。

そういう風にして、

それを何回か繰り返しよったところが、

八兵衛が、余りに体を屋根裏から乗り出して

言うもんじゃい、ストーンと下に落ちたそうです。

そうしたら、借金取りが、

「あら、八兵衛さんじゃなかか」て言うたら、

「おりゃぁ、地獄から夜通しかけて【走って】来た」

て言いなったそうです。

そういう話

(出典 佐賀県文化財調査報告書 第71集「~矢筈・神六の民俗~」p129)

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