多久市東多久町古賀二区 樋口福太郎さん(年齢不詳)

 ある日、勘右衛門さんが、相知(東松浦郡相知町)へ馬売りに行った。

馬はすぐに売れた。

勘右衛門さんは、相知のおばさんに会いたくなり、そこへ立ち寄った。

「おばさん、おっかのう。」

「おりょ【あれ】。誰かと思うたら、勘右衛門じゃなっかぁ【ではないか】。」

「はぁーい。おばさんなどがんしとろうか、と思うて俺はちょっと寄った。」

「うぅーん。今日は寒かじゃあ【寒いよ】。早う、入(はい)れ。

囲炉裏(いろり)に早うあたらんか。」

「そいぎ【それでは】、おばさん。まぁ、世話になろう。」

勘右衛門さんは、囲炉裏にあたった。

ところが、おばさんは勘右衛門さんに、

「ぎゃん【こんな】時は、ぬっか物が良かもんにゃあ【温かい物が良いね】。

飯どま冷飯じゃいかんもんじゃあ」と言った。

そして、おばさんは米を洗い始めた。

しかし、おばあさんは年寄りだったから、

水鼻をスターン、スターンと、米を洗っている中に落としていた。

勘右衛門は、その様子を囲炉裏から見ていた。

おばさんは、勘右衛門さんに食べさせようと、急いで飯を炊き始めた。

勘右衛門は、おばさんが炊いている飯を食べたくなかったので、

「俺は、用事を思い出したけんが、帰るけんが、

まぁ、元気しとんさいのう【しておりなさいよ】」と言った。 おばさんは、

「待て。待て。勘右衛門、今、飯がふきよっじゃっか。

帰らじ良かじゃっか【帰らないで良いではないか】」と言った。

勘右衛門は、鼻水のご飯を食べさせられると思って、

「まぁ、おばさん。せっかくばってん、もう仕方なか。

俺は、急がんばいかんもんじゃあ【急がなくてはいけないから】」と言って、帰って行った。

それから十日ばかり過ぎ去ってから、勘右衛門さんは用事でおばさんの家に行った。

すると、おばあさんが、

「この頃は、お前は慌(うろた)えて帰ったもん」と言った。

勘右衛門さんは、

「忙しかったから、どがんしゅうもなかったん【どうしようもなかったから】」と、

おばさんに言った。

おばさんは勘右衛門さんに、

「今日は、ゆっつらい【ゆっくり】と良かろうもん」と言った。

勘右衛門さんもおばさんに、

「今日は、ゆつらいと良かろう」と言った。

すると、おばさんは、

「そいないば」と、言ったかと思うと、戸棚から甘酒を持って来て、

勘右衛門さんに、

「さあ、どうぞ」と言って、すすめてくれた。

勘右衛門さんは、おばさんからすすめられた甘酒を頂きながら、

「おばさん、こりゃあ、甘酒は本当(ほん)に良(ゆ)う出来とんのう。甘うして良か」と言った。

すると、おばさんは勘右衛門さんに、

「もう一杯やろうか」と言った。

勘右衛門さんは、甘酒がうまかったので、

「まぁ一杯くんさい」と言って、おばさんから注(つ)いでもらった。

勘右衛門さんは二杯の甘酒を頂くと、

「おばさんは、本当(ほん)に甘酒作いの上手のう」と言ってほめた。

おばさんは、

「いやいや。こりゃあ、お前がこの頃、慌(うろた)えて帰ったろうが。

そん時、冷飯のどっさい【たくさん】残って、誰も食い手のなかもんじゃい、

そいで甘酒を作ったたい」と言って、勘右衛門さんに説明した。

すると、勘右衛門さんは、

おばさんの鼻水の入った甘酒を飲んだかと思うと、ムカムカと今にも吐き気を覚えてきた。

「もうおばさん、甘酒のお世話になったから、私は帰っばい【帰りますよ】」

と、勘右衛門さんが言うと、

「また来い。また甘酒を作っとくから」と、おばさんは鼻水のことは知らずに言った。

勘右衛門さんは、あわてるようにして、おばさんの家を出て、

鼻水の甘酒のことでムカムカしながら帰っていた。

味噌漬けが道に落ちていた。

勘右衛門さんは、ムカムカする吐き気が止まるだろうと思って、それを拾って食べた。

向こうの方から、あちらこちら、キョロキョロしながら、

あたりを見回している婆さんに勘右衛門さんは気づいた。

二人が出合うと、婆さんは勘右衛門さんに、

「あんた、この道をずっと来(き)んさったかんたぁ」と聞いた。

すると、勘右衛門さんは婆さんに、

「はい。ずっと来たばんたぁ」と言った。

婆さんは勘右衛門さんに、

「その辺に、こい長さばっかいの味噌漬けは、

あえとらんじゃったなたぁ【落ちてはいなかったろうか】」と言って、 指で大きさを示した。

勘右衛門さんは、

「俺は気づかんじゃったばんたぁ」と婆さんに言った。

婆さんは、

「そうですかぁ。惜しかったぁ。もう一ヵ月ばっかい、尻にはそめとった。

痔の悪かけん。あいが、痔には一番効く。ほんに困ったことした」と言って、

勘右衛門さんに訴えた。

勘右衛門さんは、婆さんの訴えを聞くと、ますます気分が悪くなってしまった。

幸いに近くに茶屋があったので、勘右衛門さんは、そこに立ち寄った。

そこの人は、欠け茶碗にお茶を汲んで出した。

屏風のところから、じっと勘右衛門さんの様子を病人風の親父さんがのぞいていた。

勘右衛門さんは、この茶碗で飲んでいたのかもしれないと思った。

欠けたところでは飲んではいないだろうと思った勘右衛門さんは、

そこへ口をつけて飲んでいた。

ちょうど、そこへ、五つぐらいの子供がやって来た。

そして、子供は、

「あら、おんじさんも、うちのお父さんと同じこと、欠けたところから飲みんさったぁ」

と言った。

いつもは、ずる賢い勘右衛門さんだったけれども、弱り目に祟り目といった調子で、

失敗の繰り返しだったと言うことさ。

(出典 佐賀の民話第二集 P164)

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