佐賀市大和町松梅仲 山本清吾さん(年齢不詳)

 

猿の嫁さんと猫の皮

猿の嫁さんと猫の皮

むかし、あるところに、貧しい農家がありました。

その年は旱魃(かんばつ)で雨が降らず、

田圃(たんぼ)に水が溜まらないから、その家の親父さんが、

「困ったなぁ」と嘆いていました。

すると、猿が出て来て、

「お爺さん、何しよんね」と言ったそうです。

すると、親父さんは、

「水のかからじ、困っとったい」と言ったら、

「そんないば、俺(おい)が水ば、かけてやろうか」と猿が言ったそうです。

親父さんが、

「そんない、そがんしてくいさい」と頼んだら、猿が、

「ばってんが、ただじゃあいかん。

あんた、娘(むすめじょ)を何人でん持っとんさっもんけん、

一人、俺の嫁にくれんね」と猿が言うわけです。

「そうない【そうだな】、そんない、くるっごとすっ【やるようにする】。

この広か田んぼに水のかかったないば、くりゅうだい【やろう】」

と言うことで話が決まりました。

すると、その猿は、どういう神通力を持っていたかわかりませんが、

田圃に水を溜めることが出来ました。

それで、もう満足するほど水が溜まったものだから、

約束事である娘をやらないといけなくなりました。

親父さんは、

「三人おっけんが、家ぃ帰って、誰(だい)が行くて言うこっじゃいね、

聞いてみゅうだい」と猿に言って、家に帰ってから、

「お前達、いう【よく】話を聞け。

今年は、もう不作で旱魃年で、ざっといかんで、

家は、かつるっ【飢える】ごたっ目に会うところに、

お猿さんが、水ば、かけてくいたけん、

娘ば一人くるっていう約束ばしてしもうた。

そいけんが、仕方がなかさい。誰か、行たてくれんか」と、

まず長女(かしらんこ)に言ったそうです。

すると、その長女が言うには、

「嫌なこと、乞食(ぜんもん)してでん、猿の嫁御にゃあならん」

と言ったそうです。

それから、二番目の娘に聞いてみても、

「姉さんの言うごと、私(あたい)も、猿の嫁御にゃあなろうごとなか」

と言われました。 それで、

「そりゃあ困ったなぁ。家も、かつれんばならんとこりゃえ、

猿どんに助けられたけんが、どうすっかにゃあ」と言いながら、

三番目の娘に聞いてみると、

「お父さんが、そぎゃん困っとっないば、私がなろう」

と言ったそうです。

それで三番目の娘が、

「猿どんと所帯ば持つないば、仕方なか。

水甕(みずかめ)がいっけんが、一(い)っちょう、くいてくいろ」

と言ったら、

「水甕、一っちょで良かないば、こころやしぃ【簡単な】こったい」

と話が決まって、水甕を貰ったそうです。

そうしていたら、猿どんが娘を貰いに来たので、

その三番目の娘さんは、猿どんに、

「お前と所帯、持つないば水甕が いっけんが、

お前、背負(かる)うて行たってくいろ」と言って、

しっかり背中に縛り付けて、背負わせて歩かせていました。

そうして、堤の上に差しかかったところ、

藤の花が立派に咲いていたそうです。それを見て、娘は

「ああ、あの花をにゃあ、本当(ほん)に一枝取ったこんにゃあ」

と言って、立ち止まり、動かなかったそうです。それで、猿どんが、

「にゃあごってんなか【簡単なこと】。俺(おい)が行たて、取ってくったい」

と言って、水甕を担ぎながら、藤棚のところへ行き、花を取っていたら誤って、

「猿も木から落ちる」と言う風に川の中に落ちてしまいました。

そして、担いでいた甕に水が溜まって、とうとう上がり切れず、

溺れてしまいました。

娘は、計画的だったんでしょう。

「ああ、猿どんの死んやったばい、ワイワイワイ」と笑っている間に、

とうとう日が暮れてしまいました。

「どがんすっかにゃあ」と考えて、歩いてたところ、

チラチラと向こうに、灯りが見えたので、そこまで行くと、

お婆さんが一人いました。

「今晩一晩、泊めてください」と言ったところ、

「泊むった良かばってん、家ぃにゃあ、鬼子(おにご)のおったい。二人(ふたい)の鬼子のおっ」と。それで、

「どけいでん【どこでも】、良かけん、匿(か)くもうてくいござい」

と頼んだら、お婆さんは、唐簾(とうす)の下を指さして、

「今夜一晩きつかろうが、そけぇで泊まっといてくいござい」と言われた。

それで、そこに隠れていたら、鬼子の兄弟が帰って来たそうです。

鬼子たちは、

「婆さん、婆さん、今夜は本当(ほん)、人間臭かのぅ」と言いました。

お婆さんは、

「きんどん辺(にき)ば【戸口のあたりを】、人間の通いよったぼぅ。

そいけん、まだ臭いが残っとっじゃろたい」

と言ったら、鬼子も納得したそうです。

それで、その晩、娘はそこに泊まることが出来たそうです。

そして、夜が明けたら鬼子たちは、

「遊びぎゃ行く」と言うものだから、お婆さんは、

「今日はない、お父(と)っつぁんの命日じゃっけんが、

生き物な、取って食うぎいかんぼぅ、猫一匹でん、取って食うこたぁいかんぼぅ」

と言って、遊びに行かせました。

鬼子たちが出た後に、その娘に、

「お前は、人間の形で行きよんないば、あいどんに【あいつらに】、

ひょっとすっぎ行きおうて、取って食わるっこっじゃぁ分からんけんが、

こけぇ【ここに】猫の皮のあっけん、猫の皮どん被って、

ギャオロン、ギャオロン言うて、猫の真似して通っていきやい」

と言って、猫の皮をあげたそうです。

そして、そこを出て行こうとしたところ、やはり鬼子たちに出会いました。

すると、弟の鬼子が、

「兄さん、ほら、あすけぇ猫の行きよっ。取って食おうじゃあんみゃあかぁ」

と言ったら、兄の鬼子が、

「そうない。そいばってん、今日は、父っつぁんの命日じゃから、

猫一匹でん食うなって言われとんもんじゃから、どうしゅうかい。

もう、小(こ)―まか猫どん、取って食うてみたところが、知れたもん」

と言ったので、娘は、鬼子たちからの災難を逃れることが出来ました。

そして、ようやく娘は家に辿り着きました。

親父さんが言うには、

「あさん【お前】の助かって帰ってきて良かった。

そいばってんが、姉さん達は、親の相談も聞かじ、

猿の嫁御にならんて言うたけんが、あさん達は、

もう乞食ぃなってでんしょうんなか。あさん達は家ば出ていかい」

と言うことになったそうです。

それで、結局その娘が跡継ぎになり、

姉達は乞食になり貧しい生活をして暮らしたそうです。

そいでばっきゃ【それでおしまい】。

 

(出典 大和町の民話 P5)

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