佐賀市大和町上都渡城 笠原 常平さん(年齢不詳)

   加藤清正が朝鮮征伐の時と

太閤秀吉の朝鮮征伐の時に、

川上の、そこを通ったと言うことです。

その時、馬が膝を折って先に進まなかったから、

「こりゃあ、どうしたこっじゃろうか」と言って、

周りを見たら、岩に一字、無かったそうです。

南妙法蓮華経の最後の一字が無かったわけです。

そいけん、

「ああ、こりゃあ、こけぇ、一字入るっぎ良かたぁ」と言って、

槍の先で題目を書き入れたそうです。

すると、馬が立ち上がって歩き出しました。

それで、そこは膝折り坂と言います。

(出典 新佐賀市の民話 P20)

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