佐賀市郡富士町下無津呂 合瀬光時さん(明42生)
倉谷の婿どんが嫁の実家へ行った。
婿どんは倉谷では一度も顔を洗ったことがなかった。
家の人が手水桶にお湯を出して、
「さあ、どうぞ」と、婿どんに言われた。
婿どんはお湯をどうしたらよいのかと、困ってしまった。
嫁の実家では漆(うるし)塗りの桶でお湯を飲むものだろうかと思って、
「これだけ飲むのは、ざっといかんじゃ」と言って、飲んでしまった。
しばらくしてから、嫁のお母さんが、
「ご飯をどうぞ」と、婿どんに差し出された。
「はい。さっきお湯を腹いっぱい戴きました。もう食べられません」と、
婿どんは嫁のお母さんに言った。
「あれ!お湯を?」と、嫁のお母さんは驚いてしまった。
驚くばかりか、婿どんな馬鹿じゃなかろうか、と思われた。
婿どんは家に帰ってから、
「おまえ方は難しい格式のあるのう。縁側でお湯を漆塗りの桶に入れて飲ませゃったばい。
腹いっぱいで飯の食われるもんかい」と、嫁さんに言った。
「おまえ、ありや顔洗うとばい。そんなことして本当に恥かいたのう。
今度、行た時は顔洗わんばいかんばい」と、嫁さんは婿どんに教えたので、
「うぅん。そんならそんなにしよう」と、婿どんは言った。
婿どんが二度目に嫁の実家に行った。
そこでは、婿どんがまたお湯を飲むと腹痛になるといけないと思って、今度は桶にお粥を入れていた。
婿どんは嫁さんから桶に入ったとは顔洗うものだと教えられていたので、お粥で顔をきれいに洗った。
婿どんは飯粒をいっぱい顔に付けたまま自分の家へ帰った。
だから、<倉谷の者のようにお粥で顔洗われんと、言うことさ。
(出典 佐賀の民話1集 P114)