佐賀市諸富町三重 中島ミヤさん(明34生)

 犬ともつかん、狐ともつかん石が、

お宮のお堂のところにね、二つあります。

これは五社大明神さんと言うてね、狐を祀ってあるそうです。

この狐ちゅうとが、この辺(あたい)の野狐(ヤコ)の大将で、

人間に化け、侍に化け、女に化け、あらゆるものに化けることが出来たて。

そいで、有明海沿岸の野狐が毎晩、

この野狐に化け方を教えてもらいに来よったそうです。

そうして、ここら辺の野狐の大将として、手下が筑後の辺までいたそうです。

その野狐は、諸富の陣内と安竜寺のあたりにおったそうですが、

この野狐を光徳寺の和尚さんが非常に可愛がっておられたらしいです。

「さぁ、あさん【お前】の来たないば飯、食わんこう【食えよ】」ちゅうて、

可愛がっておいなったて。

ところが、野狐と言うのは、

油揚げ豆腐ば食わんと神通力を失うちゅうわけですたい。

そうしよったところが、ある時ですね、この野狐が、和尚さんに、

「和尚さん、毎晩のごと筑後からまで俺が所(とけぇ)、

化け方を習いに来るものんじゃから、神通力が無(の)うなってしまいそうじゃ。

そいもんじゃい、油揚げ豆腐ば、食わんといかんばってん、

この辺は油揚げ豆腐が中々なかもんじゃい、

油揚げ豆腐のあっ西目(にしめ)の方に、

ちょっと一時ばっかい、私(あたしぁ)行ってくっ」ちゅうたて。

西目と言うのは、今の太良です。

そうして、

「長(なご)うせじ、帰って来(く)ったんたぁ」ちゅうたもんじゃい、

和尚さんも、

「そんない」ちゅうて、握い飯どん握らせて持たせてな、

「こいでも、途中で食うて行かいよう【行きなさいよ】」ちゅうて、

別れを告げてですね、その野狐が出て行ったちゅうですね。

そいぎ、その野狐の大将は、行ったきり、とうとう帰って来(こ)んじゃったて。

途中で、何か災難に遭(お)うたんじゃなかろうかねぇ。

そいで、帰って来んじゃったけんが、

そこに五社大明神として、今に祀っとるて言うわけ。

 

(出典 新佐賀市の民話 P38)

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