佐賀市長瀬町 納富信子さん(大14生)

 むかーし。

山の上にお寺があって、そこに薬師如来さんをお祀りしてあったそうです。

その薬師如来さんは、なかなか御利益があって、

遠くからも病気を治してもらいに来られていました。

そして、尼さんはきれいな人で、参拝に来る人もたくさんいました。

「尼さんは、いっぱいお金をためとんさろう」と、評判になりました。

ある日、お参りに来られた、おじさんが尼さんに、

「お金ば貸してくんさい」と頼みました。

おじさんは、

「お金は、すぐ返しに来(く)っ。その代わりに、このおしゃらさんば、

お金のかわりに置いとくけん」と言って、おしゃらさんを持って来られました。

すると、尼さんは海老(えび)など、そんな物は全然食べたことがありません。

いつも、精進物ばかり食べていたから、それが伊勢海老と知りませんでした。

そして、おしゃらさんと言うのは、伊勢海老を赤くなるくらい湯に入れて、

中の身を取るんです。

そして、何か詰めて、きれいに伊勢海老の形ばして、それを桐箱に入れて持って来られました。

「こいば、お金のかたに置いとくけん」と言って、

「そいばってん、時々は日向(ひなた)に干してくんさい。そがん長(なご)ーは、

お借りせんて思うとっばってん」とおじさんは言いました。

そして、

「日向に出す時に、猫には用心してくんさい」と言って、それを、置いて行かれました。

そして、山寺の比丘尼(びくに)さんは、言われたように、時々、

おしゃらさんを日向に出して大事にしてました。

ある時、里から上って、お参りに来られた人が、

「あらー、比丘尼さんは、お精進ばっかいと思うとったぎぃ、

海老てん何(なん)てん食べんさっですか」と言われたから、

比丘尼さんは、

「どうしてね」と聞かれましたが、

「そいは、伊勢海老(えび)の殻(から)じゃなかですか」と言われました。

すると、比丘尼さんは、

「こりゃあ、騙された」と思ったけれど、その時は知らん顔して、そのまま片づけました。。

そして、そこの寺の下働きのお姉ちゃんが、

「里に行くぎぃ、今頃は、こがんとの流行(はやい)よっ。あがんとの流行よっ」と言って、

里に行くのを楽しみに待ってました。

それで、里へ買い物に行かせる時に、

「今度(こんだ)あ、こっちから流行(はやら)かそうねぇ」と言って、その比丘尼さんが、

「今度あ、里に行って、こがん歌ば流行かしくて来てくんさい」と言われました。

「山寺の比丘尼さんが、おしゃらさんば猫からとられて、アーンとならした」と言う歌を作って、

そのお姉ちゃんに言いました。

「こいばね、里ん行って歌うてくんしゃい」と言って。

そして、その下働きの姉ちゃんは子供たちが手毬りとかしている時に、自分もそこに行って、

山寺の比丘尼さんが

おしゃらんをば猫からとられて

アーンとならした

と言って、手毬り唄を、ずーっと歌って来たそうです。

そしたら、その手毬り唄が流行(はやっ)て、比丘尼さんからお金を借りて行った人の

耳にも入ったわけです。

もう、これは銭を返さないで良いなと思って、ちょうど借りただけのお金を持って、

比丘尼さん所にやって来て、

「こうして、お金の出来たけん、そのおしゃらさんを返してください」と言われました。

すると、お金を目の前に出したあと、比丘尼さんは、

「そんなら、おしゃらさんをお返ししましょう」と言って、お金を取って、

伊勢海老の殻(から)を返されたそうです。

そいぎぃ、ばあっきゃ。

(出典 さが昔話 P94)

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