三養基郡基山町 平山好三郎さん(年齢不詳)

 むかし、むかし。

お母さんが亡くなり、お父さんとその子供が住んでいました。

そこへ、ある日、

継母と二人の子供がやって来て住むようになりました。

お父さんは体もだんだん弱っていて、

ある雪の降る朝、三人の子供に、

「田んぼば見て歩(さる)くけん、

車力【車両】に乗せて連れて行ってくれ」と頼みました。

三人の子供はお父さんを車力に乗せて連れていきました。

しかし、自分の子供はガタガタ震え、

継母の二人の子供は震えていませんでした。

「同じ綿のこいだけ入っとっとに、

どうして、こぎゃん【こんなに】寒かじゃろうか」

と家へ帰ってから、綿入れの着物をお父さんは解(ほど)いてみました。

すると自分の子供の着物からはカヤの穂が出て来て、

二人の継子の着物からは立派な綿が出て来ました。

お父さんは、これで自分の子供が寒がって震えたわけがわかりました。

腹を立てたお父さんは、

「もう、お前は出て行け」と、

お母さんを怒鳴りつけ家から追い出そうとしました。

すると、自分の子供が、

「追い出してくださんな【追い出すのはやめて】。

お母さんを置いとけば、私一人が寒い目にあえば良か。

お母さんを追い出したなら三人ながら不幸にあう」と、お父さんに言って、

 

母あらばわれ一人寒からん

母なくば三人ともに寒からん

 

と歌詠みをした。お父さんは、

「ああ、お前が言うように、いま追い出せば三人とも寒い目にあうのう」

と言って継母を追い出すことをやめました。

それからと言うものは、

「こりゃあ、自分が悪かった」と、お母さんは謝り、

分け隔(へだ)てなく何でも同じようにするようになりました。

(出典 佐賀の民話一集 P45)

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