神埼市脊振町広瀧 広滝クマさん(年齢不詳)

 むかし、むかし。

あるところに子供を持たない夫婦が住んでいた。いつも夫婦は、

「子供持たん。子供持たん」と嘆いていた。

ある日、妻は神様のお恵みか知らんけれども妊娠したので、夫婦は大変よろこんだ。

やがて子供が生まれた。

しかし、その子供は四つ足を持つ男のビッキョン【蛙】さんだった。そのため夫婦は、

「ほんに、こぎゃんして、ビッキョンさんの生まれて残念か」と、嘆いたけれども、

自分の子供だから仕方ないと思って育てていた。

ビッキョンさんは、四つ足のまま成長していった。

同じころに生まれた人たちは、嫁をもらったり嫁に行ったりした。

ある日、ビッキョンさんは、

「お母さん、お母さん。自分も嫁くさんの欲しか」と言った。

お母さんはビッキョンさんに、

「あんたのごと【ように】、四つ足のビッキョンさんに、

嫁に来てくれる者があんもんか【あるもんか】」と言った。

すると、ビッキョンさんは、

「自分で嫁を見に行く」と、お母さんに言った。

お母さんは、本当に困りはてて、

「そんないば【それならば】、あんたのよかごとしてんさい【よいようにしなさい】」

と、言って許した。

「そんないば、米一升くいろ【ください】」と言った。

そしてビッキョンさんは、米一升を袋に入れてもらって家を出た。

ビッキョンさんは、りっぱな娘のいる家へ行き、その床の下で夜まで身を隠した。

そこの娘も、家の人もみんな寝静まってから、ビッキョンさんは、

ゴソゴソと這って娘の枕元まで、米一升を持って行った。

ビッキョンさんは、その枕元で米をガツン、ガツンかんだ。

そして、かんだ米を娘の口端にビッキョンさんは、気づかれないように静かに塗った。

そんなことをしているうちに夜が明けはじめたので、ビッキョンさんは、また床の下に隠れた。

そんなことには気づかず、娘は目を覚ました。

「お母さん、目も開けられん。どがんじゃいしとっよっ【どんなにかなっているよ】。

ちょっと来てくんさい」と、娘は母親を枕元に呼びつけた。

娘の顔を見た母親はびっくりしながら、

「おまえ、口端にこのような物を付けて」と言った。

娘は何のことだかわからなかったので、

「何付けているかわからん」と、母親に言った。

「米をかみ散りゃあきゃあて」と、母親は娘に言った。

そこヘビッキョンさんが現れて、

「おまえが、自分が持って来た米を食うてしもうて」と、その娘に言った。

娘は、米を食べた覚えはなかったので、

「私は食べておらんばい」と言った。

するとビッキョンさんは、

「いんにゃあ。ここの娘が、私か一升持って来た米を食うてしもうとっ。

ここの娘が、食い散らかしとっけん」と、そこの母親に文句を言った。

「その一升の米を返そうだい」と言って、母親はビッキョンさんに米を返しかけた。

「一升の米は取らん。娘を取らじにゃあ、米では許しはせん」と、

ビッキョンさんは母親に言った。母親は、

「ビッキョンさんに、ほんに気のよか娘をくりゅうごたっなか」と、言って嘆いた。

娘も母親も嘆き悲しみ泣いたけれども、ビッキョンさんは承知しなかった。

とうとう娘は、ビッキョンさんの嫁になることに決まった。

ビッキョンさんは喜びながら家へ帰った。

ビッキョンさんの両親は、縁談のことを知って、

「おまえに、あんなよか嫁くさんの来てくいなっとは、ほんにうれしかのう」

と言って、たいへんよろこんだ。

娘の方では、

「ビッキョンさんの嫁になろうごとなか」と言って、泣き悲しんでいた。

娘の親は、四つ足のビッキョンさんの嫁になすことを世間体もあると言っては、

嘆き悲しむばかりだった。

いよいよ、今日はビッキョンさんの聟(むこ)入りということで、村中の評判になった。

ビッキョンさんは、聟入りの祝儀のためにピョコン、ピョコンと跳んで嫁の家へ行った。

ビッキョンさんば祝儀の前に風呂に入った。

「みんなして磨いてくれ」と、家の人にビッキョンさんは言った。

家の人たちは言われたとおりに、

ビッキョンさんを風呂で磨いていると、りっぱな好男子になった。

すると、家の人も村中の人々も、みんなびっくりしてしまった。

そして嫁さんも、家の人も大変よろこんで、めでたく結婚をすることができた。

そいばっきゃあ【それでおしまい】。

(出典 佐賀の民話第二集 P56)

標準語版 TOPへ