神埼市千代田町城田乙南里 樋口繁次さん(明42生)

  むかし、二番嬶(がく)さん【継母さん】と

しょてい嬶さん【先妻さん】の子供【継子】が、いたそうです。

ある時、お父さんが、よそに出張していて家にいない留守に、

二番嬶(がく)さんが味噌豆を炊いていると言ったそうです。

「こう上に立って、向うば見っぎ、お父さんの帰いよんなっとのわかっ」と、

こう言われたそうです。

そうして、竹を釜の上に渡して、その竹の上に継子を乗せたそうです。

そうして、その竹をさっと引いたもんだから、

継子は、味噌豆炊いている釜の中に落ちて死んだそうです。

そうして、どこに埋めようもないので、竈の後ろに埋めていたそうです。

そうしていたら、そこから丁度、竹が出てきて、

尺八をつくれるくらいに大きくなったそうです。

そうしていたら、虚無僧さんが、丁度、通りかかって、

「この竹は、ほんに【本当に】良か尺八竹じゃっかぁ。私に譲ってくれんかぁ」

と言って、その竹をもらって尺八を作られたそうです。

そうして、その尺八を吹いて歩いて廻っていたら、

お父さんの出張しているところに、たまたま行き当たって、

そこで吹いたら、尺八が

「京の硯は何にしゅう、京の鏡は何にしゅう、

父さん恋しやチンチロリン、嬶(かか)さん恨めしチンチロリン」

と鳴ったそうです。

お父さんは、京都に出張されていたんでしょう。

そうして、出かける時に、継子がお父さんに、

お土産を頼んでいたんでしょう。

それで、尺八が、そのように鳴ったんだそうです。

お父さんがそれを聞いて、

「こりゃあ、ひょっとすっぎぃ、

子供が俺(おい)ば呼びゃぁしよらんじゃろうかぁ」と言って、

急いで帰ってみて、問いただしたら、

子供を釜茹でにしていたことがわかったそうです。

婆さんから聞いた話だから、本当のことか何かは、分からないけど。 

(出典 千代田の民話 P80

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